宇宙歴544年。
辺境の惑星フェイクリードにおける、反銀河連邦勢力クロノスが起こした通称CFNZ騒動から早7年。
騒動も人々の記憶、とりわけ限られた極々一部の人々のそれからも忘れられ始めていた頃。
地球衛星 月。
銀河連邦における天才たちの集まる地、月面基地ーー通称ムーンベース。
造られた少女、リリアの物語はここから進む。
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ムーンベースでフィオーレと同居するリリア。研究所からほぼ帰ってこないフィオーレと、その彼女の様子を見にちょくちょく顔を出すリリアにはそれ以外にも研究所に用があった。定期検査である。
定期検査の帰り道には士官学校に立ち寄り、教官となったヴィクトルへと剣の稽古をつけてもらいに。
稽古終わりに危ないから、と送るとしつこい師範を振り切り、夜時間へと切り替わった空影スクリーンの星を数えていたリリアのポケットが鳴った。
深宇宙探査任務についたフィデルとミキからのメッセージだ。送信日付は1ヶ月前になっている。
ちゃんと食べているか、夜更かししてないか、検査はちゃんと行っているか、といつもの話。それと少しの近況。
ミキが妊娠したそうだ。
「お姉ちゃんになるのよ」とミキは言っていた。
その言葉に、少し笑って、少し苦しくなった。
先の騒動の後、早くに2人は結婚した。リリアを養子として迎えるためでもあったのだろう。リリアも素直に喜んだ。当時の彼女はそこまで考えはしていなかったが。
深宇宙探査は下手をすれば十年単位の航行となる長期任務だ。もちろん2人に同行するかの選択肢はあった。
だが彼女は残ることを選んだ。両親となった2人とは離れて暮らすという選択。
飛び級で入った地球の大学も休学し、身を寄せる先としてかつての同郷の友フィオーレを訪ねた。
自分の居場所はどこなのか。
フィデルとミキの子供としての居場所。
クロノスの時空紋章実験体としての居場所。
かつての仲間たち、その友人として繋がっているからこその居場所。
自分というものが生まれ育った地、フェイクリード。
今振り返ればさほど長い時間を過ごした場所ではなくなった。それでもリリアにとっては確実に転機となり、人生が始まった場所とも言えた。
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現在、フェイクリードからは先進文明の痕跡は消されている。正しく言い直せば痕跡を消している最中である。
銀河連邦が管轄する宙域において、未開惑星でありながら星外技術に触れてしまった場合、監視惑星として厳重な管理下へ置かれる。
これは星外との隔絶を最終段階とするが、実際にはそれまでに流入した技術や情報などの除去作業後の話となる。その星本来の成長過程を取り戻すことが目的だからだ。
星外技術情報除去局、通称エクスティブ(ExTIRB)が主立ってその対処に当たる。
このエクスティブに現在、現地出身の調査員としてリリアは参加していた。
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「所長」
そう呼び掛けられて振り向いた銀髪の男性はまだ年若かった。
お互いに視線が合い引っかかるもの感じ、またお互いに視線を巡らす。
「「あっ」」
王立呪印研究所所長こと、ケイサス。リリアとは旧知の間だが、かつては直接親睦を深めるような時間は無かった。
「久しぶり、で分かるかな?ーーケイサスだ」
少し困ったようにはにかむその顔にはもう、幼さは残っていない。
「うん。久しぶり。今日はエクスティブ調査員のリリアとして来たのーー」
距離を詰め、握手を交わす。
「ーーよろしくね。所長さんっ」
いたずらっぽく笑って返すその顔には、対して幼さが垣間見える。
周囲に振り回されるだけだった当時の少女の面影を見て、ケイサスは手を少し握り返した。
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フェイクリード星外において呪印生物と紋章生物は同等の存在である。
既存生物に紋章技術を用いて、意図した形での進化を施そうとするものだ。正に人類の業、傲りそのもの。
リリアもまた、大きな括りで言えば紋章生物にカテゴライズされる存在である。
ミアキスというミイラとなった少女の遺伝子情報より再現され、紋章技術によって時空紋章に関わる一切を根源に刻まれた生き物。
人によって造られた形のひとつ。
それでも彼女には意思があり、それを伝える術があり、そして、手を差し伸べ引いてくれる人たちがあった。
リリア自身もまた、同族に対しそうありたいと願い、手を差し伸べてきた。
だが多くの場合、それは鋭利な牙で、爪で、剣で、拒絶される。
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時空紋章 突き詰めると最後はタイムゲートと同じ役割を果たせる機能。エターナルスフィアの時間軸上に存在する過去・現在・未来の全ては同時に存在している。ただし時間軸は不可逆である仕様のため本来過去には干渉できないし、今から生まれるまだ存在しないはずの未来にも干渉できない、、ことになっている。例外として創造主FD人は外部よりこの全ての時間軸上にアクセスできた。これを可能とする機能がタイムゲートである。時空紋章はこの機能を模倣したものであり、完全に使いこなせれば第二のタイムゲートと成り得るが、アクセス権限自体を複製できないがためにどうやっても不完全で終わる定めの紋章。だが自身の存在を時間軸上ほんの少し前後させたり時間軸速度に干渉できるため、リリアやアルマ将軍のように特殊な力として利用ができた。
クロノス本星 すでに居住可能な惑星ではなく、衛星軌道周辺にあるコロニー群が生活圏となって久しい。過去、銀河連邦非加盟であることから侵略行為に対する救助要請を蹴られ、結果本星を失うこととなった。
呪印生物 クロノスの時空紋章実験の成果、およびその廃棄物の影響を受けた生物たち。現在実質の銀河連邦監視下にあるフェイクリードにおいて、惑星内に残る星外技術の名残。一時期落ち着いた呪印生物の出現だったが、最近になってまた原生生物を脅かすほどに湧いて出ている。その原因調査が大々的に取り行われることとなる。
トレクール かつてレスリア王国と敵対していた軍事国家。クロノスと協力関係にあったこともあり、真っ先に銀河連邦の調査の手が入った。トレクール地域の星外技情除去は現在完了しているとされるが、調査の際にひと騒動あって結果、現在まで続く内紛へと発展した。現在一国としては機能していない。
星外技術情報除去局 通称エクスティブ。銀河連邦が有する未開惑星文明復元のための現地活動組織。未開惑星での生活に戻ることが難しくなった現地人の雇用も担うことから、未開惑星出身者が多く所属する。星外から流入した技術、情報の痕跡を消すことが目標であり、その結果その星本来の文明を取り戻すことを目的とする。痕跡を概ね取り去ったと判断された場合、彼らは現地を去り、その惑星は監視惑星として銀河連邦の厳重な管理下で外界から隔絶される。発案者はケニー一族だったそうな。